最高裁判所第二小法廷 平成4年(行ツ)144号 判決 1992年10月30日
大阪市中央区平野町二丁目一番二号
上告人
日本臓器製薬株式会社
右代表者代表取締役
小西甚右衞門
右訴訟代理人弁護士
水田耕一
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 麻生渡
右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第五五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年四月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人水田耕一の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)
(平成四年(行ツ)第一四四号 上告人 日本臓器製薬株式会社)
上告代理人水田耕一の上告理由
上告理由第一点
特許法第二九条第二項による発明の進歩性の判断において、Aの機能を奏する甲の構造が周知例及び公知例から想到容易であり、またBの機能を奏する乙の構造が周知例から想到容易であるとしても、そのことから、Aの機能とBの機能とを同時に達成しうる、甲と乙の構造を表裏一体化した構造を有するものが想到容易であるということはできないから、原判決には、右の点に関する判断を遺脱し、又はその判断を誤った理由不備ないし理由齟齬の違法がある。
一、本願発明の特徴
1.本願発明は、救急絆創膏であって、薬剤を内包するブリスター部(注)を有するものに係る。
(注)「ブリスター」(blister)とは、水(火)ぶくれ、水泡、まめの意味であり、「ブリスター部」とは、そのような形状をなす構造部分を意味する.
この救急絆創膏は、使用直前に、ブリスター部の下面をシールしている薬剤被覆膜を破壊して、薬剤をパッド上に移動させ、傷口に薬剤の付いたパッドがあたるように適用するものである。
本願発明に係る救急絆創膏の特徴は、ブリスター部に「凹状の突起」を設けることにより、右の薬剤被覆膜の破壊を容易に、かつ確実に行うことができるようにし、薬剤がパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動することができるようにしたことにある。
二、本願発明の「凹状の突起」
本願発明においてブリスター部に設けられる「凹状の突起」とは、甲第二号証(「手続補正書」並びに同添付の「明細書」及び「図面」)末尾の第1図によって明らかな如く、ブリスター部を構成する剥離シートに設けられた、ブリスター部の外面から見れば凹状、ブリスター部の内面から見れば凸状を呈する構造部分を指すものである。
原判決が、「『凹状の突起』とは、凸状部の反対側が凹状をした突起を意味するものと解することができる。」(二四丁裏終りから二行~末行)と判示するのも、右の趣旨をいうものにほかならない。
三、「凹状の突起」の機能
本願発明の「凹状の突起」は、右の如き構造を有することにより、
<1>ブリスター部の内面側に凸状に形成された部分(突起)によって、「所望の場所、一般的にはパッドの中央部に対応する箇所の薬剤被覆膜を容易に、かつ、確実に破壊することができるため、薬剤はパッドの所望の場所に無駄なく、確実に移動する。」という機能(原判決一八丁表八行~一〇行参照)と、
<2>「ブリスター部の押圧操作は、ブリスター部の凹状突起の窪み部分に指を掛けて行うため、操作が非常にし易く、」という機能(原判決一八丁表六行~七行参照)
との二つの機能を、同時に達成することができるのである。
四、原判決の想到容易性の判断
原判決は、
「原告は、本願発明の特許請求の範囲にいう『ブリスター部には凹状の突起が設けられている』とは、ブリスター部の表面からみれば、凹状の窪みであり、内部からみれば、内部へ突き出した突起であるところ、このような構造は前記各周知例のいずれにもみられず、また、示唆されるところのないものであるから、前記各周知例から、ブリスター部の内側面に突起を設けることを当業者が容易に想到することは到底できないと主張するのでこの点について検討する。」
として(原判決二四丁表三行~九行)、次のような判断を示している。
すなわち、原判決は、まず、「凹状の突起」の技術的意義を、「薬剤被覆膜を破壊する機能」と、「凹状部分に指を掛けやすくすることにより突起による薬剤被覆膜の破壊を確実、容易ならしめる機能」とに分け(原判決二五丁表一行~四行)、前者の機能(以下「第一の機能」という。)については、周知例一ないし三及び引用例により想到容易であるとし(原判決二五丁表四行~六行、二〇丁表終りから二行~二四丁表二行)、また後者の機能(以下「第二の機能」という。)については、周知例四に基づいて想到容易であるとしている(原判決二五丁表六行~九行、二五丁表末行~二七丁裏三行)。
五、「第一の機能」についての想到容易性の根拠
原判決が「第一の機能」について、想到容易であることの根拠として示す周知例一ないし三(甲第四号証~甲第六号証)の技術内容は、原判決一八丁裏終りから三行ないし二〇丁表七行に認定のとおりであって、そこに見られる突起は、周知例一にあっては、「容器の外壁に配設された内側配向エッジ」であり、周知例二にあっては、「水を内包する容器内に設けられた突起物」であり、周知例三にあっでは、「粘着コートされた絆創膏ストリップの面の一部分に取り付けられた部分的に硬質で下方へ突き出ている突起物」である。
すなわち、周知例一ないし三に見られるものは、いずれも単なる「突起」にすぎず、「凹状の突起」ではない。したがって、それらによって奏される機能は、境界を破壊する機能にすぎないわけである。
なお、公知例(甲第三号証)には、いかなる突起も存在しない。
六、「第二の機能」についての想到容易性の根拠
また、原判決が、「第二の機能」について、想到容易であることの根拠として示す周知例四(甲第九号証)の技術内容は、原判決二五丁裏六行ないし二六丁表四行に認定のとおりであって、そこに見られるものは、「ビデオゲーム機器のキーボード上に配置されたキーボタンの平面部に形成される凹部」である。
すなわち、周知例四に見られるものは、キーボタン平面部に形成された凹部にすぎず、何らの突起をも伴わないものである。
したがって、それによって奏される機能は、「指を掛けやすくする」機能にすぎないわけである。
七、原判決の判断の誤り
1.以上にみたところから明らかなように、原判決は、本願発明の「凹状の突起」の奏する二つの機能について、それぞれ別々に、薬剤被覆膜を破壊する機能については、周知例一ないし三及び公知例から想到容易であるとし、指を掛けやすくする機能については、周知例四から想到容易であるとしているにすぎず、本願発明の「凹状の突起」が、前記二つの機能を同時に実現していることの想到容易性については、何ら認定判断するところがない。
本願発明の「凹状の突起」が、前記二つの機能を同時に実現しているのは、周知例一ないし三によって示唆される「突起」と、周知例四によって示唆される「凹部」とを、別々に設けたことによるものではなく、「ブリスター部の外面(外部)からみれば凹状の窪みであり、ブリスター部の内面(内部)から見れば内方へ突き出した突起である」という、突起と凹部とを表裏一体化した構造を採用したことによるものである。
ブリスター部の内面に内方へ突き出した突起を設けることが、周知例一ないし三及び引用例により想到容易であり、またブリスター部の外面に凹部を設けることが周知例四から想到容易であるとしても、ブリスター部の外面からみれば凹状の窪みをなし、それが同時にブリスター部の内面からみれば内方へ突き出した突起をなしているという表裏一体化された構造のものは、突起と凹部とを単に寄せ集めたものではないわけであるから、これを「突起」と「凹状の」とに分解し、それぞれ別個に想到容易性を判断したのみでは、「凹状の突起」についての想到容易性を判断したことにならないことは明らかである。
かくして、原判決は、「本願発明の特許請求の範囲にいう『ブリスター部には凹状の突起が設けられている』とは、ブリスター部の表面からみれば、凹状の窪みであり、内部からみれば、内部へ突き出した突起であるところ、このような構造は前記各周知例のいずれにもみられず、また、示唆されるところのないものである」との上告人(原告)の主張に対する判断を示していないことになるのであって、原判決には右の点に関する判断を遺脱し、ひいて審理不尽に陥った違法がある。
2.また、原判決が、本願発明の「凹状の突起」なる構造につき、これを「凹状の」と「突起」とに分解して、その各々が、周知例ないし公知例により想到容易であると判断されるときは、「凹状の突起」という両者を表裏一体化した構造も当然に想到容易となるとの見解をとっているのであれば、それは、特許法第二九条第二項に定める想到容易性の判断につき、誤った解釈を前提としているものといわなければならないから、本願発明の「凹状の突起」が想到容易であるとした原判決の判断には、理由不備ないし理由齟齬の違法があるものである。
八、結語
以上に述べたとおり、原判決には、本願発明の「凹状の突起」に関する想到容易性の判断において、判断遺脱又は理由不備ないし理由齟齬の違法があるので、原判決は破毀を免れない。
上告理由第二点
特許法第二九条第二項による発明の進歩性の判断において、発明が想到容易であるか否かは、発明の目的ないし効果と、発明の構成とにつき、各別に検討されるべきものであって、たとえ発明の構成が公知例ないし周知例から想到容易なものであっても、それによって達成される効果が公知例ないし周知例にみられない顕著なものであるときは、発明に進歩性を認めるべきものであるから、原判決には、右の点に関する判断を遺脱し、又はその判断を誤った理由不備ないし理由齟齬の違法がある。
一、本願発明の目的と効果
1.原判決は、本願発明が解決の目的とした発明の課題について、次のとおり認定している。
「殺菌消毒剤、創傷治療剤を含浸させたガーゼを通気孔を有する粘着シートに装着し、使用時に裏面の剥離紙を剥がして前記ガーゼ部を傷口局所に当てて使用する従来品に係る繁用の簡易救急絆創膏においては、予め薬液をガーゼに含浸させておくことによる薬液の蒸散や効力の失活の問題、ガーゼ部の乾燥による局所への当接に当たっての傷口を傷めるおそれや使用に際しての痛みを感じさせる点、また、薬剤被覆膜により薬剤をシールしたブリスター部を有し、使用時にブリスター部を指で押圧して薬剤被覆膜を破壊することにより薬剤をパッドに含浸させる救急絆創膏(米国特許第三二九七〇三二号明細書、甲第七号証)にあっては、ブリスター部が平滑な表面を有するため、これを押圧した時、力がブリスター部全体に分散し、押圧部全体が不規則に窪み、ブリスター部が薬剤被覆膜に到達してこれを破壊することは困難であり、しかも、破壊された場合においても、破壊箇所はブリスター部と薬剤被覆膜との接線部分となるため、薬剤がパッド外縁部又はパッド外に移動するという問題点を有していた。また、米国特許第四一一七八四一号明細書に示された絆創膏(周知例三)においては、絆創膏が突起体を残存したまま、かつ、その先鋭部分が傷口に向かった状態で適用されるため、突起体により傷口を一層傷めるおそれがあるという基本的問題点を有する他、薬液を無駄にする等の問題点を有していた。」(一七丁表六行~一八丁表一行)
(注)右の認定中、本願発明が解決すべき課題の対象とした先行技術(ブリスター部を有し、使用時にブリスター部を指で押圧して薬剤被覆膜を破壊することにより薬剤被覆膜をパッドに含浸させる救急絆創膏)として、米国特許第三二九七〇三二号明細書(甲第七号証)のみを挙げているのは誤りであって、甲第二号証中の「手続補正書」添付の「明細書」二頁一一行~三行の記載によって明らかな如く、先行技術としては、本件審決にいう引用例(実公昭五四-二三一九七号公報-甲第三号証)と右の甲第七号証とが併記されているのである。したがって、本願発明の課題に関する原判決の前記認定については、右の点を補う必要がある。すなわち、原判決一七丁裏二行ないし三行の括弧書きは、「(引用例、甲第三号証及び米国特許第三二九七〇三二号明細書、甲第七号証)」と訂正されなければならないものである。
2.原判決は、本願発明の効果について次のとおり認定している。
「本願発明は、従来の救急絆創膏の有した以上のような問題点の解決を目的として、前記本願発明の要旨記載の構成を採用したものであり、その特徴は、剥離シートに、薬剤被覆膜でその下面をシールし、かつ、薬剤を内包するブリスター部をパッド上に位置して設け、ブリスター部には凹状の突起を設けた点にある。本願発明におけるブリスター部の押圧操作は、ブリスター部の凹状突起の窪み部分に指を掛けて行うため、操作が非常にし易く、また、突起部分は所望の場所、一般的にはパッドの中央部に対応する箇所の薬剤被覆膜を容易に、かつ、確実に破壊することができるため、薬剤は、パッドの所望の場所に無駄なく、確実に移動する。そして、薬剤移動後は、薬剤被覆膜及び凹状突起が設けられているブリスター部を有する剥離シートは粘着シートから除去され、傷口には粘着シートのみが適用されるため、使用上の危険性や違和感がなく使用することができるものである。」(一八丁表二行~一八丁裏二行)
二、本願発明の効果の想到容易性に関する原判決の判断
1.原判決は、右述の如き本願発明の効果、特に、「所望の場所、一般的には、パッドの中央部に対応する箇所の薬剤被覆膜を、容易かつ確実に破壊することにより、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動することができるようにする」との効果をもたらす技術思想が、本願発明前には全くなかった、との上告人(原告)の主張に対し、次のように判示している。
「そこで、この点につき検討するに、この効果はブリスター部に突起を設けるという構成を採用したことに基づくものであるが、引用発明及び周知例一ないし三を前提とした場合、右構成を採用することが容易であることは、すでに取消事由(1)に対する判断において説示したとおりであるところ、原告主張の前記効果はかかる構成を採用することによって当然に生ずる効果というべきであるから、予測可能というべきであり、当業者において予測し得ない格別顕著な効果ということはできない。原告は、薬剤をパッドの所望の場所に無駄なく確実に移動することができるようにするとの効果をもたらす技術思想は、本願出願前には全くなかったものである、と主張するが、引用発明及び前記各周知例の開示する技術思想の中に既に本願発明のこの点に関する構成が示唆されていることは明らかであるから、右主張は採用できない。」(二七丁裏末行~二八丁表末行)
三、原判決の判断の誤り
1.原判決の右判示によると、原判決は、本願発明の効果が、引用発明及び周知例一ないし三に基づいて採用が容易である「構成」の採用によって「当然に生ずる効果」であるから、予測可能であるとしている。
しかしながら、発明は、特定の課題を解決するため、特定の手段を採用し、その手段の採用によって特定の効果を奏させ、もって課題の解決を図ることを内容とするものであるから、発明の「効果」が、発明の「構成」の採用によって当然に生ずるものであることは自明であり、それ以外に発明の「効果」の発生はありえない。
したがって、発明の「効果」は、すべて発明の「構成」によって当然に生ずるものばかりであるから、原判決の前記のような認定態度に従うと、発明の想到容易性の有無は、発明の「構成」について判断すれば足り、発明の「効果」について別途に検討する余地はなくなってしまうわけである。
しかるに、原判決は、本願発明の「構成」について想到容易性の有無を検討し、想到容易であるとの判断を示した後において、さらに本願発明の「効果」について、別途想到容易性の有無を検討する姿勢を示しているのであるから、原判決の態度には矛盾があるといわなければならない。
原判決が、発明の「構成」について想到容易性を認定した後においても、それとは別に発明の「効果」について想到容易性の有無を検討している以上、原判決がその検討の必要を認めていることは明らかであり、そうだとすれば、原判決は、発明の「効果」に関する想到容易性の判断において、発明の「構成」の採用が容易であったにしても、また発明の「構成」によって当然に生ずる効果であるにしても、なおかつ、本願発明の効果と、公知ないし周知の救急絆創膏のそれとを比較して、本願発明に格別顕著な効果があるか否かを判断すべきものであったといわなければならないのである。
2.そもそも発明がなされるにあたって、最初に着想されるのは、発明の課題である。先行技術において実現されているものの中に欠陥を見出し、これを解決しようとする精神作用がまず存在するわけである。
しかるに後に、その課題を解決すべき手段、すなわち発明の「構成」が案出され、その「構成」によって、果たして課題が解決されるかどうか、すなわち発明の「効果」が確認されて、発明が完成するわけである。
発明の進歩性は、解決しようとした課題の優劣、すなわち発明によってもたらされる効果の大小によって決定されるわけであるから、課題の着想が優れていれば、そのために採用される手段自体は、近接した又は類似の技術分野の技術思想からみて想到容易なものであっても、それらの他の分野の技術を当該分野に転用することによる効果は大きいわけである。したがって、発明の「構成」が想到容易であることを理由として、また想到容易な「構成」を採用すれば当然にもたらされる効果であることを理由として、発明の「効果」を想到容易とすることは適切でないのである。
3.原判決は、前記の如く、「引用発明及び前記周知例の開示する技術思想の中に既に本願発明のこの点に関する構成が示唆されている」と判示しているが、発明の「構成」が示唆されていても、発明の「効果」が示唆されていることにはならないのであるから、原判決の右認定判断は失当である。
しかも、原判決の挙げる周知例一及び二は、救急絆創膏に係るものではなく、周知例一は、ペニシリン混合物等の薬学的製剤等の容器に関するものであり、また周知例二は、発熱を温灸、温湿布に利用するための発熱剤器具に関するものである。したがって、これらの技術分野にみられる「構成」を、救急絆創膏の分野に利用することは、いわゆる「転用」に該る。
「転用」によりどのような効果が生ずるかは、転用された結果についてみるほかないものであって、転用前に「効果」まで示唆されているということはできないし、原判決もそのような認定はしていない。
そうであるから、原判決の「引用発明及び前記各周知例の開示する技術思想の中に既に本願発明のこの点に関する構成が示唆されていることは明らかである」とする判示は、本願発明の「効果」が想到容易であったことを示す何らの判断ともなっていないものといわなければならないのである。
四、本願発明のその余の効果に対する原判決の判断とその判断の誤り
1.原判決は、原告が、
「救急絆創膏のブリスター部に内包される『殺菌消毒薬』は、目に入らないようにしなければならないが、引用例や甲第七号証記載の絆創膏においては、ブリスター部の内部圧力の上昇により薬剤被覆部が破壊される際、薬剤が周辺に飛び散り、使用者の目に入る危険も大きいが、本願発明においては、凹状の突起によって、所望の場所の薬剤被覆膜を確実に破壊することができるようにすることにより、かかる危険を回避することができるようにしたものである。」
と主張したのに対し、次のように判示している。
「そこで、この点につき検討するに、所望の場所の薬剤被覆膜を確実に破壊し、薬剤の飛散を防止するというこの効果は、ブリスター部に突起を設けるという構成を採用したことに基づくものであるが、引用発明及び前記各周知例からかかる構成を採用することが容易であることは既に述べたとおりであるところ、原告主張の効果は、かかる突起を設けるという構成から当然に生ずる効果であるというべきであるから、これが予測し得ない効果であるということはできない。原告は、引用例や甲第七号証記載の絆創膏においてはかかる効果はないと主張するが、審決は、引用発明に前記各周知例を組み合せることにより、本願発明の右構成を想到することは容易であるとするものであり、引用発明にかかる効果が期待できないとしても、引用発明のみに依拠するものではないから、これがかかる効果を予測することを困難ならしめるものでないことはいうまでもないところである。」(原判決二八丁裏八行~二九丁表九行)
2.ここでも、原判決は、前記と同様の誤りを犯し、「所望の場所の薬剤被覆膜を確実に破壊し、薬剤の飛散を防止するという効果」が、「ブリスター部に突起を設けるという構成」を採用したことに基づくものであり、右構成の採用が引用発明及び周知例一ないし三から想到容易であること、及び右の「効果」は右の「構成」から当然に生ずる効果であることを理由として、「予測し得ない効果であるということはできない。」としているのである。
殊に、原判決は、前記判示に明らかなように、引用発明や甲第七号証記載の絆創膏(本願発明が解決すべき課題の対象としたもの)において、本願発明の奏する効果が得られないことを認めながら、審決は、引用発明のみに依拠するものではなく、引用発明に各周知例を組み合わせることにより、本願発明の「構成」を想到することが容易であるとしていることを挙げて、「かかる効果を予測することを困難ならしめるものではない」としているのであるが、前記の如く周知例一及び二は、薬学的製剤等の容器及び発熱剤器具であって、絆創膏以外の技術分野に属するものであるから、たとえそれらの「構成」を絆創膏に転用することが想到容易であるとしても、転用によって従来技術の絆創膏に比し如何なる効果がもたらされるかは、「構成」の想到容易性とは別個に検討判断されなければならないのである。
五、結語
以上に述べたところから明らかなように、発明の「構成」に対する想到容易性の判断と、発明の「効果」に対する想到容易性の判断とは、別個になされるべきものであって、発明の「効果」が発明の「構成」から当然に生ずるものであるとの理由により、前者に関する想到容易性の判断をもって、後者に関する想到容易性の判断におきかえることは許されない。
殊に、発明の「構成」に関する想到容易性の判断が、当該発明と異なる分野に見られる構成を転用することの容易性を内容とするものであるときは、発明の「効果」につき発明の「構成」に関するものとは別個に、想到容易性の有無を認定判断すべき必要性が特に強いものといわなければならないのである。
しかるに、原判決は、本願発明の「効果」について、その想到容易性を別個に判断することなく、本願発明の「効果」がその「構成」によって当然に生ずるものとしたうえ、本願発明の「構成」が想到容易であれば、本願発明の「効果」も想到容易であるとするにとどまっている。
かかる原判決の判断は、本願発明の「効果」が従来技術に見られない格別顕著なものであるとして、本願発明の進歩性を主張した上告人(原告)の主張に対する判断を遺脱するものであって、ひいては審理不尽の違法があるものである。また、原判決が、本願発明の「構成」に関する想到容易性の判断をもって、本願発明の「効果」に関する想到容易性の判断におきかえることができるとの見解をとっているのであれば、それは、特許法第二九条第二項に定める想到容易性の判断につき、誤った解釈を前提としているものといわなければならないから、本願発明の「効果」が想到容易であるとした原判決の判断には、理由不備ないし理由齟齬の違法があるものである。
よって、原判決は右違法により破毀を免れない。
上告理由第三点
原判決には、特許法第二九条第二項による想到容易性の判断にあたって、基準とすべき当業者の技術水準の認識を誤り、かつは本願発明を考慮に入れて想到容易性を判断するという誤りを犯した理由不備ないし理由齟齬の違法がある。
一、原判決の判断
原判決は、本願発明における「ブリスター部の内側面に相当する部位に突起物を設ける」構造が、想到容易であるとして、次のとおり判示している。「前記認定の周知例三の構成によれば、同周知例は、一定量の液状又はゲル状活性物質を収容する空洞及び右空洞の境界壁を形成する液体不浸透性シートを備え、液体不浸透性シートは、空洞内に設けられた突起を押し当てることにより穴が設けられ、空洞内の薬液が放出されるとの構造を有するものであるから、同周知例が審決認定の構造を有することは明らかであり、右認定に誤りがあるとすることはできない。さらに、確かに周知例三においては、突起物が絆創膏ストリップの側に設けられていることは原告指摘のとおりであり、かかる構成においては、突起物が薬剤放出後も残存するため、使用感が悪く、場合によっては傷口を更に傷つけるおそれすらあることは、右構成自体から容易に予想することができるところである。他方、引用例においては、滅菌乾燥ガーゼを粘着テープの中央部に置き、固定端を粘着テープの粘着面に粘着するとともに、ガーゼを被覆した粘着面カバーに面した部分に、少なくとも粘着面カバー以下の強度を有する破れやすい素材よりなる薄膜で掩われている液嚢に予め消毒液を収納してなるアドヒーシブ・バンデージが記載されていることは前述のとおり当事者間に争いがないところ、この引用発明においては、既に粘着カバーのガーゼに面した部分に、粘着面カバー以下の強度を有する破れやすい素材よりなる薄膜で掩われている消毒薬を収容する液嚢を設けているところであるから、かかる引用発明の存在を前提として、周知例三に示される突起物の押し当てによる空洞内の薬液放出の思想を適用する場合、突起物を引用発明における粘着テープのガーゼのある部分に設ける構成が不都合であることは周知例三の場合以上に明らかであるから、かかる不都合を避けるべく、粘着面カバーに設けられた消毒薬を収容する液嚢内、すなわち、本願発明におけるブリスター部の内側面に相当する部位に突起物を設けることは、容易に想到可能というべきである。」(原判決二二丁裏八行~二三丁裏末行)
二、原判決の判断の誤り
1.本件審決にいう「引用例」は、甲第三号証の実公昭五四-二三一九七号実用新案公報に記載のものであるが、その技術内容は甲第七号証の米国特許第三、二九七、〇三二号明細書に記載のものと同一である。
右甲第七号証の米国特許明細書は、一九六七年一月一〇日発行されたものであるが、周知例三の米国特許第四、一一七、八四一号明細書(甲第六号証)に係る特許出願は、一九七七年二月七日になされている。
すなわち、甲第七号証の米国特許明細書によって、
「片面に粘着性を有する薄い部材からなる被覆シート、粘着面に貼着された該被覆シートよりも短い吸収性パッド、粘着面に貼着されかつパッドを覆う薄い部材よりなる保護レイヤー、並びに該保護レイヤーに担持されかつパッドに対向して取り付けられた破壊可能な薬剤容器により構成された、人体の皮膚への貼付用の医療用具」
なる技術内容を有する絆創膏の開示がなされた後、一〇年以上を経過した時点でなされた甲第六号証の米国特許出願においてすら、「突起物が絆創膏ストリップの側に設けられている構成を有し、突起物が薬剤放出後も残存するため、使用感が悪く、場合によっては傷口を更に傷つけるおそれすらある」絆創膏の発明の出願がなされているのであり、かつその出願に対して特許が付与されているのである。
このことからすれば、原判決のいうように、「引用発明の存在を前提として、周知例三に示される突起物の押し当てによる空洞内の薬液放出の思想を適用する」ということは、当業者にとって決して想到容易なものではなく、ましてやその場合、突起物を粘着テープのガーゼのある部分に設ける構成が不都合であるとして、この不都合を避けるため、本願発明におけるブリスター部の内側面に相当する部位に突起物を設けることが想到容易であるとは、到底いうことができないのである。
2.なお、上告人が、本願発明の特許出願に対応して、米国においてした特許出願に対しては、参考資料一(米国特許第四、八五八、六〇四号明細書)にみられる如く米国特許が付与されている。
米国においては、上告人の右米国特許出願前、前記甲第七号証及び甲第六号証の公知技術のほか、本件周知例一及び同二と共通な技術内容を有する参考資料二及び同三(特に第7図参照)の公知技術も存在したのであるが、それにもかかわらず、特許が付与されているのである。
想到容易性の判断は、その性質上、各国間において格別の差がないはずであり、特にバンデージの分野において技術先進国である米国において特許が付与されているにもかかわらず、本願発明に関しては、現実にこのような相違を生じているのであって、このことは、本件審決及び原判決の判断に、さきに指摘したような誤りがあることを如実に示すものと思われるのである。
3.以上にみたとおり、引用発明の存在を前提として周知例三の突起物の押当てによる空洞内の薬液放出の思想を適用することが容易であるとし、しかもその場合突起物を引用発明における粘着テープのガーゼのあるブリスター部に設けないで、本願発明におけるブリスター部の内側面に相当する部位に設けることが想到容易であるとした原判決の判断は、前記の如き米国における特許出願ないしこれに対する審査の実情に照らしてみるとき、当業者の技術水準に関する誤った認識を前提としてなされたものであることが明らかである。
4.原判決の前記判断は、当業者が本願発明に接した上で引用発明と周知例三をみた場合に想い到るいわゆる後知恵に属するものである。そのことは、原判決が、「本願発明におけるブリスター部の内側面に相当する部位に突起物を設ける」として、本願発明を引かなければ想到容易性の説明ができなかったところに端的に表われている。
発明が想到容易であるか否かの判断は、当該発明に接しない状態において、公知技術及び周知技術のみにより発明が想到容易かどうかの見地から行わなければならないものであるから、原判決の前記判断は、この見地からみても判断の基準を誤るものといわなければならない。
四、結語
以上にみたところから明らかなとおり、原判決は、特許法第二九条第二項による想到容易性の判断に際して、基準とすべき当業者の技術水準の認識を誤り、かつは本願発明を考慮に入れて想到容易性を判断するという誤りを犯したものであるから、その判断には理由不備ないし理由齟齬の違法があり、この点においても破毀を免れないところである。
参考事項
一、本願発明に対応する外国出願について
上告人は、本願発明の特許出願に対応する外国への特許出願について、前記米国特許のほか、オーストリア、ベルギー、スイス、西ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、リヒテンシュタイン、ルクセンブルグ、オランダ及びスエーデンを指定国とするヨーロッパ特許の付与を受けている(参考資料四。指定国は、同参考資料二枚目<84>の欄に略号で記載されている)。
すなわち、ヨーロッパ特許庁においても、米国におけると同様に、本願発明につき進歩性が認められているのである。
二、本願発明の国内分割出願について
本願発明の特許出願を分割してなされた次の各特許出願については、いずれも平成四年四月一〇日付で特許査定がなされている(査定謄本の送達は、原判決言渡後の平成四年五月三一日である。現在特許庁において設定登録手続中)。
1.特願昭六二-二五五五八九号(特公平三-七一九〇〇号特許公報―参考資料五の一、特許査定の謄本―参考資料五の二)。
特許請求の範囲は、次のとおりである。
「パツトを装着した粘着シートと剥離シートとからなり、該剥離シートには、薬剤被覆膜によりその下面がシールされ、かつ薬剤を内包するブリスター部が前記パツド上に位置して設けられており、前記薬剤被覆膜にはノツチ(「刻み目」―上告人訴訟代理人注)が設けられていることを特徴とする救急絆創膏。」
2.特願昭六二-二五五五九〇号(特公平三-七一九〇一号特許公報―参考資料六の一、特許査定の謄本―参考資料六の二)。
特許請求の範囲は、次のとおりである。
「パツドを装着した粘着シートと剥離シートとからなり、該剥離シートには、薬剤被覆膜によりその下面がシールされ、かつ薬剤を内包するブリスター部が前記パツド上に位置して設けられており、剥離シートのブリスター部の両サイドには、剥離シートの巾方向に向けてミシン目が設けられていることを特徴とする救急絆創膏。」
右の各特許出願の特許請求の範囲をみれば、本願発明及びその分割出願に係る右の各発明相互の相違点は、薬剤被覆膜を容易に、かつ確実に破壊するための手段が、本願発明にあっては「ブリスター部に設けられた凹状の突起」であり、他の二つの発明にあっては、それぞれ、「薬剤被覆膜に設けられたノッチ」又は「剥離シートの巾方向に向けて設けられているミシン目」である点にある。
後二者の「ノッチ」や「ミシン目」なる手段が各分野で汎用されていることに比較すれば、「凹状の突起」なる手段は、遥かに特異なものということができよう。
上告人としては、「ノッチ」や「ミシン目」を手段とするものが特許査定を受けながら、「凹状の突起」を手段とするものが拒絶査定(及びこれを支持する審決)を受けたことについて、奇異の感を禁じえないものがあるのである。
以上
(添付書類省略)